HARIKOさんの発達障害日記

発達障害(アスペルガー+ADHD)+ACの女性の生き恥ブログ。ルサンチマン

「可愛い女の子」を演じてたら病んだ女の話

イマイチまとまってない学んだことをまとめた内容です。 暗くて長い。


 昔はすごく病んでいた。 
常に人の不幸を願い、すぐ切れて携帯を叩きつけて壊したり見かけた動物に火を着けたり(その後動物は死んでいた)、メアドを変更して気に入らない人には変更連絡しなかったり、ノートに呪いの言葉を永遠と書いていたし、自分を本当に天才だと思い込んで居て東大に入れなかったのはおかしいと思っていて自分以外は馬鹿だと心から思ってた。
 
 今日初めて自分が病んでいた理由が分かった。
人からの評価に合わせて演技していたからだ。
 
 隙を見せず常に完璧を振る舞い、求められるキャラを演じていた 
よくACの症状に自分の感情が分からなかったり、気弱か横暴かの両極端な性格になりやすいのは人に合わせて演技をするから自分が何をしたいかがおろそかになるそうだ。 
 
 私は大学時代は人に囲まれていた。 と言うと語弊があるが、私を理解するまではいかなくても半分くらいは受け入れてくれる人には恵まれていた。
 親友や遊ぶ友人はいなかったがサークルでは一応居場所はあった。 
リア充からは動作や話し方ですごく嫌われていたので一部の愛すべき変人からの話です。 
仕事の出来栄えや苦手な人とのコミュ力が問題とならない時代だったのでまだ楽だった。 発達障害あるあるだね! 
 
馴染めた理由は外見に合わせたキャラ設定をしたからだ。 
何を隠そうもう身バレでもしやがれ、私は大学デビューだ。 中高はほぼ不登校心療内科に通いつつ大検で入学した。
 それまではすごく嫌われていて誇張抜きで友人も一人もいなかった。
 今時のオタクさえネットで彼氏も友人も簡単に作れるのに本当に一人もおらず痴漢もあったことなかった。勿論男とも縁がなくバイブも入れたことがなかった処女。 孤独を極めし者なんて称号があったら間違いなく私に贈られるだろう。
 
 そこからパーマをかけ化粧をしスカートを履き森ガール風の服装をするようになったら嘘のように初対面限定だが人に馴染めるようになった。
 
 はっきり言うが身長が高い・低い・太ってる人は秀でたコミュ力か、才能か、何もないなら常に演技をしないと生きていけない。 
ありのまま生きることは認められていないと思ってる。 
背が低いとオシャレで明るく愛嬌とコミュ力ある性格良くて純粋で頑張り屋さんな妹キャラ(ムードメイカーとも言う) か、
仕事が出来て誰よりも気が強いリーダーキャラ。
高身長は仕事出来る頼れる姉御キャラか、モテモテ恋愛大好きスタイル自慢のギャルにならないと友人さえ出来ない。
 
 求められる外見・中身と本人に相違があるとすごく嫌われるか嘲笑のネタにされる 
例えば低身長が露出や体のラインがはっきり出たギャル服を着る、性格が悪い、地味、愛嬌がない、明るく表情豊かでない。
 それが許されるのは顔が可愛い人だけ。そうブスの道は険しいのだ。
外見が最初にあり、それに合わせるように中身を調節しないといけない。
ありのままなんて生きられないのだ。 
 
 しかし人に受け入れられるようにはなったがやがて精神を蝕むようになり、コミュ症がありのままの快適さと引き換えに友人を得た代償は大きかった。 
私は家庭環境が悪く親から愛情を得たことがなかったからか、性格がひねくれていて口が悪い。
可愛い風の外見で近寄ってきても中身でがっかりされることがよくあった。 
また深く知り合うと発達障害特有の馬鹿っぽさを見抜かれるため、段々下に見られるのがお決まりのパターンだった。 
その時に決まって「ハリコちゃんは見た目と中身別人だね」と言われた。 そもそも漫画のキャラでなく人間なんだからファッションなどの外見と中身に相違があっても不思議じゃないのに何故か外見通りと信じ込む人が多い。
 しかし馬鹿だった私は嫌われないように頑張って中身も清らかで可愛い私を演じた。 が、本当の自分と違うので自暴自棄は酷くなり、やがて自信を失う大きなきっかけで外見に全ての自信を無くして演技をやめた。
 
 自信を失ったのは初めての職場を首になってからだと思う
仕事が出来ないことに加えて2歳上の私とよく似た容姿のお局気質の先輩にいじめられて辞めた。
首になる前は病んで暴力的になりつつも人に迷惑をかけて嫌われつつも、話す人くらいはいたし服装を褒められたことはあった
しかし自信がなくなるとともに人も去っていき一人になった。 
 
人は自信がなくなると全てのものに見放される。
性格が悪くても頭が悪くてもモラルがなくても仕事出来なくてもブスでも、自信さえあればどうにかなる、とその時実感した。 
よく気が強くて性格悪くても友人に囲まれてる人いるじゃないですか?
あれは自信があるように見えるから性格悪くても人がついていくんですよ。
「性格悪くても活気があるからこの人についていけば大丈夫だ」と。
逆に性格が良くても仕事が出来てもおどおどして自信がない人は嫌われる。
そういくら人間が理性を持つようになってもこの世は弱肉強食で残酷なのだ。
 
 その後鬱にもなった。 それはいつからかははっきり覚えてないのだが 数回目の職場でいじめられて首になって、何もかもに興味がなくなった頃からだと思うがうまく思い出せなかった。 
 
 今は何もかも諦めて高収入を手放し地方に引っ越したしブスなことも発達障害があって社会に適応出来ないのも認めた。 
自信もなくなり可愛い服を着なくなり自由気ままな服装を選ぶようになった。
楽だった。
あれだけ神経質に人目を気にしていた時は得られない快適さを感じた。
性格も演技するのを辞めた。
素を出すと発達障害特有の空気の読めなさを発揮するので内気な程度に留めた。
演技しなくて良いのは非常に楽になったのだが今度は外見と雰囲気で嫌われるようになった。 
こっちを詰めればあっちが立たないことだらけで全て完璧でないと許されないこの世じゃあねぇ。 
 まとめると人からの印象に合わせて振舞わないといけなかったから私は病んだ。メンヘラになった。
 そして仕事が出来なくて首になって自信をなくして何もかもなくして嫌われた。 
演技しなくなった今は昔より楽になったのに人から嫌われるから自信を無くすのループにハマっている。
 
 東京事変の群青日和の歌詞で「演技をしているんだ」のフレーズだけすごく耳に残っている。他の歌詞は忘れてしまったのにそこだけ覚えている。
そう、演技をしていたからこそ本当は誰かにありのままを認めて欲しかったけどそれが無理だった話。
 
 普通の人は演技をして疲れないのか、演技をしている自分に酔ってその自分が好きなのか、演技をした結果満足な評価を得ているのか? 
でも周りは普通に求められてるキャラを演じて楽しんでいるように見える ACの人は家庭環境が原因で病んでいる方が多いが、なんで普通の人は病まないのか分からない 
もう悩む時点で社会に適応出来てない気がする
私だけなんだろうか悩んでいるのは 
 
人は演技をした私を求め、 私は演技しない自分で居たい 
人に言える取り柄や自信の強さがあれば迷わないのだろうか。
 改めてアナ雪が人気出たのはそれだけありのままで生きられない人が憧れたからだと思う。
 演技をしてきたけど見る人から見れば無理してるのがバレバレだったらしいから、意味はあったのかどうか分からない。
 けど無理は長く続かないことは分かった。
 
本当は可愛いがられる性格でも気も強くなく
可愛い服装も強気で自信満々な性格に振る舞うのが嫌いだった
それらをしなくなった今がやっぱり一番楽だ
 
社会では自分を隠して演技をしている人が殆どだ。でもそれに自分が病むほど合わせることが協調性があると言われるのだろうか。
私は疲れたからこの果てしない演技レースを降りた。
協調性がないと言われようが自分の精神が一番大事だ。
多分普通の人はすんなり性格や外見を社会に合わせて対応できると思うけど、
私は目立ちやすいブスなことと元の性格が暗いことと、愛嬌がないので向いてなかったんだと思う。
 
振り返ってみると、演技をしていた自分を必要とする人間ばかり寄せ付けてしまっていた自分の責任でもある。
これは反省しないといけない。
演技しすぎてもいけない。