HARIKOさんの発達障害日記

発達障害(ADD+軽度自閉)+ACの女性の生き恥ブログ。ルサンチマン

私が絵を描いたり、ブログを書いてることを滅多に人に言わない理由

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以前人に教えたらサイト名と共に住所・名前を2chに流されて怖かった、

自分の絵は一秒後にはゴミと思うから見せるものではないと思ってる、

自己漫だから見せてもなあという思いもあるが、

一番は好きという自己漫でやってるから、他人から見当違いな「こうであろう私像」を押し付けられて評価されたくないということだ

 

目次

 

子供の頃の苦い思い出

子供の頃、文化祭の美術係を任されたことがあった。

私は当時、絵が好きで好きでやってたからその流れで任されたが、

色んな人から

『すごいね、初めてあなたのこと尊敬した』

『癒し系だよね』

『はじめて人の役に立ったね』

『これで人気者になれたね』

と言われてるうちに

絵を描くのが嫌いになってしまった。

 

絵を描くのが嫌いになった理由

『みんなのためにやってて偉い』

『みんなが癒される絵を描いてくれた』

『みんなと仲良くなるために努力した人』と何故か、

”人に尽くした偉い人間”、

”人が癒しを感じるような絵を描いた人”、

”人から受け入れられるために努力した人”と、

私が微塵も思ってなかった、見当違いな目線で勝手に評価され、

神格化された「他人が望む私像」が噂となり、私の意志とは別に独り歩きしていることが本当に嫌だった。

 

私は自分が絵が好きだから、それを同じ美術係の子と共感したかっただけなのに、

他人から”評価制度”に勝手に組み込まれて、見当違いに評価されてあれこれ言われる。

それが耐えられなかった。

極めつけは評価される点に「他人にとってどうだったか?」がいちいち入って来るのが全く理解できなかった。

やめて、私の”好き”を汚さないで。と思った。

 

これを言えば「なんで褒めたのに怒るの?頭おかしい!!!!!」と言われて、

褒め言葉が全くの見当違いであることは問題にされず、逆切れされる。

「俺の作った飯が食えねえのか!!」とばかりに。

 

今思えば文化祭は人に見せるのだから、自己漫なんてあってはいけない。

でも私はそれが分からなかった。それくらい精神年齢が幼かったことは事実だ。

それでも他人から土足で踏み込まれて勝手に評価・見当違いなカテゴライズをされて、

それで「私」を理解したと思われるのが嫌だった。

 

見当違いにカテゴライズされることの何が嫌か

私はそれだけ「私」を見て欲しかったんだと思う。

貴方たちの見ている「私」は全然違う人間で、

ただ理想を投影した「こうであって欲しい私像」を見ているに過ぎない。

「私」はそこには存在しなかった。

自分が思ってる「私像」と他人が思う「私像」にギャップがあり過ぎて、とても生き苦しかった。

人は基本的に願望を投影して現実を生きてるようで実は妄想に生きてる生き物だが、それが私を見えない鎖で縛り、抑圧してきて本当に嫌だった。

 

最終的に「私は人のためにやってない」と、

確か一人で泣いて美術係を降りたことがある。(いや当時、言語化出来てないな…)

褒めた人の中には文化祭前と後で露骨に態度を変えてきた(悪⇒善へ)人間もいて、

そこから誰も信用できなくなった。

 

他人の役に立つ=素晴らしいと言われることに対しての疑問

日本はサービス過剰国だから自分を犠牲にしてまで他人のために尽くす人間が褒められる。

他人目線が第一なのだ。だからそれを他人にも強要する。

恋愛だって、女としての生き方だって、家庭だって、

「他人から見て役立つ・幸せに見えるか・尊敬されるか・ステイタスがあるか」が重要。

それが「本人(自分)が本当に幸せかどうか」なんて関係ないのだ。

 

補足

・精神が弱いことは自覚してます

・仕事は他人のためにあるので人から評価される・求められる人間になることは当然と思ってます。言いたいのはそれ以外の話。

・自分の外見も評価制度に巻き込まれたくないと思ってる。勝負から降りたい…。

・他人からの褒め言葉に反発するのは見当違いな評価をされたからであって、正しく評価された上で褒められたら普通にうれしいです。

・絵は中学ン頃の話なんで今はドヘタです

・この記事にも認知的不協和という名前で詳細が乗ってます。正にこれだ。

「やる気は脳でなく体や環境から生まれる」(池谷裕二

http://berd.benesse.jp/berd/center/open/berd/2008/07/pdf/13berd_05.pdf

・外交的・内向的は脳が異なるみたいです。後で確認します。

外向性と内向性の違いは脳にある : あーちゃんはmath kid